第03章:もうひとりの時を超えた者

カフェ「ミレニアム」の奥、普段は使われていない古い書庫の扉が、きぃ…と軋んだ音を立てて開いた。
しずくは、埃を払いながら、棚の奥にしまっていた一冊のファイルを取り出した。
それは、彼女がまだ研究者だった頃、共同研究者と交わした記録の束だった。

「時空間干渉理論」
それが、彼女と“彼”と、そしてもうひとりの研究者・神代(かみしろ)が取り組んでいたテーマだった。

神代は、しずくとは対照的な人物だった。
情熱的で、理論よりも直感を重んじる男。
彼は、時間を超えることに強い執着を持っていた。
「過去を変えられれば、未来は救える」
そう語る彼の目は、いつもどこか焦っていた。

しずくが時を越えたのは、事故だった。
だが、神代は——意図的にその“事故”を起こした可能性がある。
彼は、しずくと彼の関係に、どこか嫉妬していた。
そして、彼女が時を越えた後、神代の行方は誰にもわからなくなった。

「まさか…彼も、時を越えて…?」

しずくの背筋に、冷たい水が流れるような感覚が走った。
もし神代が今も生きていて、何かを企んでいるとしたら—— 遥人に危険が及ぶかもしれない。

その予感は、すぐに現実となった。

数日後、カフェに見慣れない男が現れた。
黒いコートに、無表情な顔。 目だけが異様に鋭く、店内を見回している。

「いらっしゃいませ」 しずくが声をかけると、男はじっと彼女を見つめた。

「久しぶりだな、しずく。70年ぶりか」
「……神代、なの?」

男は、にやりと笑った。

「お前は、まだ探しているのか。あの男の“残滓”を」
「彼は、ただの残滓なんかじゃない。彼は…彼は、私の時間を止めた人よ」

神代は、鼻で笑った。
「くだらん。過去に縛られて、何になる。俺は未来を変える。お前のように、感情に溺れたりはしない」

その言葉に、しずくの瞳が鋭く光った。
「あなたは、まだ気づいていないのね。時間を超えるということは、記憶を背負うということ。
 未来を変えることは、過去の痛みを繰り返すことなのよ」

神代は何も言わず、ただ一言だけ残して去った。

「また会おう。今度は、彼の前で。」

その言葉に、しずくの心がざわついた。
遥人に、何かを仕掛けるつもりだ。
彼が“彼”であるかどうかに関係なく、神代は彼を狙っている。

しずくは、決意した。
もう、迷っている時間はない。
彼を守るために、すべてを話すときが来たのだ。

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