第02章:再会の選択

しずくは、カフェ「ミレニアム」の厨房で、静かにラテを淹れていた。
ミルクの泡が、やさしく回る。
その手つきは、まるで儀式のように丁寧で、どこか切なげだった。

彼——遥人が、祖父の写真を見たことは、まだ知らない。
でも、彼の視線が変わったことには気づいていた。
目が合うたびに、何かを探すような、迷うような、そんな瞳になっていた。

「また、会おう」 70年前、彼が言った言葉。
それが、しずくの時間を止めた。

彼の死後、しずくは研究に没頭した。
時間の流れを操作する理論を追い続け、ついに“時を越える存在”となった。
老いることもなく、ただ彼を探すために生き続ける日々。

そして今。 遥人という青年が、彼女の前に現れた。
顔も声も違う。
でも、仕草や好み、そして“空気”が、あまりにも似ていた。

「彼なのかもしれない」 そう思うたびに、胸が締めつけられる。
でも、もし違ったら? もし、彼の人生を狂わせてしまったら?

しずくは悩んでいた。 真実を話すべきか。
それとも、静かに見守るべきか。

その夜、彼女はカフェの閉店後、棚の奥にしまってある古いノートを開いた。
そこには、彼との記憶が綴られていた。
研究のこと、笑い合った日々、そして最後の言葉。

“また、会おう。きっと、どこかで。”

ページの端に、彼の筆跡で書かれたその言葉を、指先でなぞる。
涙は流れない。 彼女の時間は、もう涙を流すことすら忘れていた。

翌日。 遥人がカフェに現れた。
いつもと同じ席。
でも、今日は何かが違った。

「しずくさんって…昔、うちの祖父と知り合いだった?」 彼が、静かに問いかけた。

しずくは、少しだけ目を見開いた。
そして、微笑んだ。

「ええ。とても、大切な人でした」
「……僕、夢を見るんです。知らないはずの場所で、誰かと約束してる夢」
「それは、きっと…あなたの中に残っている“記憶の波”ですね」

彼女は、ラテをそっとテーブルに置いた。
その香りは、70年前と同じ。
彼のために淹れた、あの一杯と同じだった。

「僕は…あなたに、会うためにここに来たのかもしれない」
「それなら、私は…あなたに会うために、時を越えてきたのかもしれません」

ふたりの言葉が、静かに重なった。
それは、再会の瞬間。
でも、まだ“選択”は終わっていなかった。

しずくは、彼にすべてを話すべきか。
それとも、このまま“そばにいるだけ”でいいのか。

ラテの泡が、静かに消えていく。
その一瞬に、彼女の心も揺れていた。

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